今日はいつもより早く家を出られそうで、会社の送迎バスが出る隣駅に早めに着いたら少しのんびりコーヒーを飲んだりとかしようかとか思った。
それでもどういうわけかいつもより10分くらいしか早く出発できなくて、目の前で1本早い電車が発車していって、結局はいつもと同じ電車に乗ることになった。おまけに隣駅の改札でモバイルSuicaが読み取れなくなって逆に焦ることになってしまった。
車がなくなって電車通勤をすることになってからすぐ、行き帰りの電車バスの中でポッドキャストで英語のリスニング番組をひたすら聞いている。
数週間その習慣は続いているんだけど、少しずつ聞き取れるようになってきているような気がする。
なんかバカみたいな話かもしれないけど、自分の未来の選択肢の一つとして海外で働くっていうこともあると思ったりしている。そんな高度な技量がなくても日本より海外の方が今は遥かに賃金が高いという話をよく聞くし、実際にそんな話も知っている。
昔から漠然と早く日本を棄てたいという思いもあったりしたけど、なんか今が一番ちゃんと勉強をしているような気がする。
日中はなんとか仕事をした。
もっとこうしたらいいんじゃないかというアイディアを提案して、そのことで周囲を変えていく。そういった思いでいられるのかどうかということは張り合いと本当に直結する。
そういったことを考える役割がもし自分には求められていないとしたらどうだろう。
新しいことを勉強したり、前向きな提案をしたり、そんなことをする気になるだろうか。
最近はそういったことばかり考えてひたすらに苦しい。
仕事の帰りに駅前で思い立って油そばを食べた。値段が同じだったので大盛りにしたけど食べられた。
そのあとできたてシュークリームの店を横目で見ながら改札をくぐって地元の駅に戻り、本屋に行ってコミックビームと宇仁田ゆみの新刊とラジオ英会話のテキストを買う。
もともと買うつもりだったけど、ラジオ英会話の表紙イラストがあわいの描くものになっていて嬉しい気持ちになる。最も好きなイラストレーターの一人だ。
外は昨日と同じで僅かに風が涼しく、いい天気の一日だった。
まだ明るかったので、家の近くにある公園ではまだ親子が数組遊んでいた。
暗くなった時間に帰ってきたときは、意味もなく公園に入ってベンチに座ったりする。考えてみたら、50近いおっさんが一人で夜中の公園に座ってるなんて、怪しいことこの上ない。志村喬かよとか思ったりもする。
まあでもさ、そうやってずっと自分は、自分の孤独を飼い慣らしてきたんだよなあって思う。やだなあ。まだ自分は全然死ぬ予定もない。
部屋に帰って、冷凍庫のシューアイスを2個食べて、買ってきたラジオ英会話のテキストを開いたり、読みかけの橋本治の「ぬえの名前」を読んだり、友人とメッセージのやり取りをしたり話したりする。
押し入れの奥のネズミは昨日以上に元気に動き回っている。
謎なのは決して床に降りてこず、押し入れにずっといるってことだ。昼間は出てきてるんだろうかとも思ったけど、よくわからない。
以前にネズミと遭遇したあとくらいに、「ハツカネズミって言うくらいなんだからすぐ死ぬんだろ」とか思って調べたら寿命が2年と書いてあって絶望したことがある。
直接対決すべきだと思ってるんだけど、全く勇気が出ない。
0コメント