うさぎ式読書日記230803

昨日はどうしても終わらせないといけない仕事があって、夜9時過ぎまで粘ったけど駄目だったのでもう打ち切った。

ここ最近はやっと、無理なものは無理だと思うようになって、無理だから帰る、無理だから寝る、余裕がないから次の休みまでやらない、とか諦めてそういったことを意識的にすることが多くなった。

多分結果は一緒なので、だったら罪悪感に囚われながら過ごすよりも、割り切った方が幾分かいい。そんな割り切った気持ちになれるようになったのも、つい最近のことだ。

逆に、新しい上司になってから残業に関してうるさく言われなくなったので、一区切りするまで仕事をしてから帰ることができるようになった。

元IT企業の人だけあって、「明るいうちから帰るのに抵抗感がある」と話していて、なんとなくこれまでが偲ばれたのだけど。

昨日はちょっと頑張らなくてはいけないようなところもあってできる限りやって、その上でもう無理! って思って終バスの一つ前の便に乗って帰ってきた。

乗客がほとんどいなかったからなのかわかんないけど、バスは荒くてすごいスピードで駅前に向かった。一番後ろの席に乗っていたんだけど、途中で気持ち悪くなってきたくらいだった。

電車バスで通勤していると、様々なことで季節を感じたりする。制服を着た学生が少なくなって、どこかで遊んできたような格好の人達が多くなる。

浴衣を着ている男女を見かけるたびに、今日はどこかで祭りでもあったのかなとか思う。

いつものように松屋で夕飯を済ませてまた、ぬるい外の空気を纏いながら駅前を歩く。毎日ずっと同じようなことをして過ごしている。

同じことを繰り返す毎日が、自分の気持ちを安定させるようなこともあるんだろうなとふと思う。行ったら行ったで辛いことばかりだけど、仕事があって行かなくちゃいけないということが自分の最悪な気持ちを宥めることにほんのわずかずつ寄与しているような気もする。

先月末に給料が出て、1年半ぶりくらいに休職した前と同じ水準まで回復した。そのことも少し自分の気持ちを安心させた。働いても給料が少なくて有給も全くないという期間を長い時間をかけてやっと抜け出したんだと思った。


前日が満月で、アメリカではなんとかムーンとか言ったなとか思い出せないまま空を見ながら帰った。スマホのカメラで月を写すけど明るさで滲みすぎて、全然月らしくない写真が撮れた。

いつも途中で寄ってベンチに座って行く公園には夜中でも人の気配がある。暖かくなっているからか最近はいつもそうだ。

しかし、なんか20年間通ってきた風景なのに、そんなに長い時間なんて経っていないような気もする。

なにかがあったような気もするし、なんにもなかったような気もする。

この前は思い立って数時間ずっとスマホで、住んだら面白そうな間取りの物件を取り憑かれたように見ていた。これからどうしたらいいのか、本当に全くわからない。

自分の職場はある意味いい職場なのか、ほとんどの人が結婚して子供もいる。だからそういったことが価値観とか優しさとか、そんなものの根底に「常識的な」雰囲気で流れているような気がして、時折そういった全く悪気のないそれに気付いてしまって密かに傷ついたり、いやなんでこっちが傷ついたりしなくちゃいけないんだと思ったり、そんなことをしている。

家に帰るとかわいいけどそんなに愛着のない猫が駆け寄ってきて、足元にずっとまとわりついてくるので踏みそうになりながら部屋の中に入る。

ベッドに腰掛けて、下から見上げてずっと鳴き続けている彼女の頭を撫でながら、「今日はどうだった?」といつも話しかける。

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