うさぎ式読書日記230506

なんか星占い的に言うと12年に1度の幸運期が来ているらしい。

今のところ悪いことしか来ていないんだが、と思いながらまあ逆に、自由になるために下地は順調に整いつつあるんじゃないかとも思ったりする。


先週の金曜日、友人夫妻が住む学習塾兼イベントスペース兼下宿兼住居の家に呼ばれ、久しぶりに飲んで色々と話をした。

それこそ、この間は客観的には不幸とも言えるようなことばかりだったわけで、京都の一乗寺にある人の家まで出かけていって話をしたりするなんて、自分自身も意外と恢復をみせているのかもしれないと思った。

ワインを飲みながら、供された丹波産の本しめじ「大黒しめじ」を焼いて食べたのだけど、これが今まで食べたきのこの中でも一番ではないかと思うような美味しさだった。丹波地方はきのこにおける香り部門だけでなく味部門も手中に収めようとしているのだろうか。

ほろ酔いになりながら、夫妻が警察権力と闘った話とか、水中にいる生物にしか興味を示さない研究者の人の話とか、パブコメの話とかを話す。

夜遅く、下宿している院生の人が帰ってきて、4人で飲んだ。

その人に、問題作の漫画「奈良へ」の解釈について聞かれて返答に窮したりした。

下宿していた学生が春に出ていって、1部屋空いているということで、移住を勧められる。

以前にも伺うたびに勧められていたけれど、今回はかなり具体的に考えながら、開いている部屋の中を見せてもらう。

結局その日は泊まることになり、見学した空いている部屋に布団を敷いてもらい、ぐっすり眠った。


星占いは昨年からの3年間がおうし座にとって大転換期になるのだと言い続けていて、特に今日なんて、なにかの星が入ってくるとかで、特に特別な出会いがあるとかなんとか書いてあった。

そんな今日も、購入した本を届けに来た郵便局の人以外には会わないまま終わろうとしている。

転機とか転換期とか、そういったことは自動的に起こるようなことではないんだろうなと思う。

じゃあどこでなにをしたらいいんだろう。いくつか読んでいた占いでは、今までやってきたことをベースにして、新しい展開があるとかなんとか。

なんでもいいから〇〇したい、とかそんなんじゃ駄目なんだろうなあと思う。

なのに自分ときたら、ちょっと元気になってきたからといって「ファブル」全巻読みとかそんなことばかりしていて駄目だ駄目だと思う。


京都の家に行って飲んでいると、「そんなとこ(会社)辞めて京都に来なよ」といつも言われる。

今年になってから、猫を飼いなよとか彼女見つけなよとか近くのもっといい部屋に引っ越しなよとか車買いなよとか、そんなアドバイスを自分を見かねた人たちから言われているんだけど、そんな中でも一番前向きで面白い話だなって思った。

なんかやけに最近は、そういったアドバイスを自分をひとところに固定しようとしているものなのか、そうじゃないものなのかに分けて考えてしまうところがある。

明日も今日と同じところにいるということが当然というような人から発せられるアドバイスより、明日をも知れないような毎日を送っている人の話に惹かれるんだった。

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