自分で小説を書いていたり、読んだりする人はいる。
僕もその一人で、そのことを話すと決まって「どんな小説なんですか?」ってことを聞かれる。
「純文学」って言って、一体誰が分かってくれるんだろう、って思う。
なんてことない話が好きなことや、例えば柴崎友香の小説を面白いと思う感覚を、純文学と言わないで言葉にすることはとても難しい。
「ものするひと」の主人公スギウラは、夜警のアルバイトをして生計を立てる純文学作家だ。
バイト先で「どんなの書くの?」と言われて答えた時に、聞いてきたおじさんがよくわからない顔をするシーンがあって、まさにこういうことなんだよなあ、って思う。
でもじゃあ、なんて説明をしたらよかったんだろう。
バーで辞書を使ったゲーム「たほいや」をしたり、街の看板を読み上げてみたり、物語は「ことば」を想い続ける30歳の独身男の淡々とした日常を、気持ちのいい浮遊感で描いていく。
その中でも、第1話でのバイト中のスギウラが、遠くの窓に浮かび上がる不思議な言葉を見つける場面が本当に素敵だ。
巡回する夜中の暗い建物の中に一人いて、廊下から光るその看板を見ながらスギウラは、こんな文章が書きたい、って思う。
こんな気持ち、誰がわかるんだろう、と思いながら、でも僕は、読んでいてそのことが全部わかった。
たぶん文学っていうのは、こういうことを言うのかもしれない。
そして、言葉が中心だった物語は、少しずつ動き始める。
いつものバーで飲みすぎて、一緒に飲んでいた女性がいつのまにかアパートまでついてきて、布団に入ってしまう。
そんなこともまた、文学らしい話だなあって思いながら、コミックビーム誌上で、スギウラの日常は続いている。
ものするひと(1巻) / オカヤイヅミ
ビームコミックス 720円
KADOKAWA公式サイト(第1話試し読み)
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