男子中学生の本田ちあきは、髪の毛を緑に染めて、学校サボってゲーセンに行くは構内でタバコを吸うわの不良少年だ。
でも、ケンカをするわけじゃないし誰ともつるまない。毎日が鬱屈していて、ちょっとしたことでイライラしてしまう。
そんなちあきの周りに、同い年で不登校のキクチナナコや近藤ゆか、自分とそっくりの教師兼田とか、生き別れた父とかが現れる。色々な人間関係に振り回されながら、行きどころのないすっきりしない気持ちを常に抱えているちあきが、誰かを好きになったり好きでもない女の子と付き合って振られたりして、さらにモヤモヤしていくといった話だ。
こう言いながら、この「敷居の住人」くらい、誰かにあらすじや、面白さを説明するのが難しい漫画もないと思う。
3巻の途中からちあき達は高校生になって、でも画期的になにかが変わるわけじゃない。
あとこの漫画は、恋愛漫画じゃない(と思う)。その時々で誰かを好きだってことは出てくる10代の少年たちがそれぞれ思っていて、でもそれはちょっとずついろんなことを知って大人になっていくっていく過程の一つでしかないように描かれていく。
気持ちが通じたと思ったら裏切られた形になって、そもそも気持ちをちゃんと伝えられなくて、それでも相手の気持ちを段々と受け止められるようになっていくという、三歩進んで二歩下がるみたいな日々。
ゲーセンで遊んで、映画館で時間つぶして、バイトして、学校に行って、好きじゃないけど付き合ってみたり、セックスしてみたり、家出してみたり、自分が将来したいことがわからなくて試してみてはやめたりして、そうやって、ちあき達は高校を卒業していく。
この漫画の一番すごいところは、はっきりと説明できないような感情が、最初から最後までずっと渦巻いているというところだ。
それでも全7巻、56話をかけて伝えたかったことは、大まかにはたったひとつのことだって気がする。
でもそれがなんなのかは、何度読み返してもわからない。
ただ、読みながらずっと、行きどころのない主人公たちの気持ちに包まれていて、その間、どうしてなんだろう、もう本当に、切なくて切なくてたまらないのだ。
最近の志村漫画と違って、最後まではっきりと明かされないエピソードがいっぱい起こるのも、「敷居の住人」の特徴だ。
それがこの漫画のつかみどころのなさや不安の横たわる世界を作っている。
それが偶然できたのか、ちゃんと作られたものなのかはわからない。
でも多分、緻密で、くっきりした漫画を描く今の志村貴子にはもう、こんな一見乱暴で曖昧な描き方はできないだろうと思う。
そういった意味では、この漫画が生まれたことは(どの漫画だってそうなのだけど)、奇跡のようなものだったんじゃないかと思う。
それは、こんな正体不明の漫画を最後までちゃんと連載させたコミックビームのすごさでもある。
この漫画を、なにかはっきりしたことが描いてあると思って読んだとしたら、最初は結構辛いと思うかもしれない。
でも、お願いだから4巻まで読んでほしい。
そこでやっと、わかってもらえると思うし、この漫画が大好きになると思うから。(う)
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